アップデートする学校事務職員

2050年学校事務職員への伝言

33時限目:(補講)「学校事務研究と私」

33時限目(補講)「学校事務研究と私」

 学校事務職員にもいろいろな人がいます。

 今回のこの補講は研究の好きな学校事務職員に向けた内容です。

「学校事務」が研究対象になるのか?という疑問は昭和の時代からありました。その多くは「経営学的な研究の対象」です。現在でもまだ研究領域です。

 また、労働組合的な観点からは「雇用や給与を含む、法学的な研究の対象」でした。  

 平成・令和となるにつれて、徐々に「学校事務研究」が「学校教育と学校事務職」の関係に特化されてきました。「職」としての学校事務職員は「教育職」としての教員とどのように協働して学校教育を運営していくのか。そういった課題が令和に「働き方改革」として表面化してきました。教員も事務職員も「仕事の見直し(棚卸)」が必要だと言われたのです。仕事の押し付け合いではなく、仕事を無くす方向で。

 デジタル社会での学校事務職員の役割。2000年代、イギリスの学者が「人工知能の発達で消えてなくなる職業」という研究論文が発表されました。その中に人工知能が稼働すると「学校事務職員という仕事は無くなる」と予想されました。

 確かにペーパー労働だけをしていると、その可能性はかなり大きい。

 長野県小中学校事務研究会で1980年代に発表された、昭和の研究ですが、「コンピュータ時代になって、浮いた時間に何をするか考える必要がある」という報告があります。当時は手書き事務処理がキーボード入力処理など、会計事務に費やした労働時間が合理化されて軽減するので、総務事務から教育事務(教員が行っていた事務)にシフトできるのではないか、という提案だった。しかし、このころの学校事務職員には夢物語で、50年後のことなど考えが及ばなかった。

 2000年代の私は、「個」の学校事務職員は、他校と連携して「面」の学校事務に、と考えていた。それが「共同学校事務室」だったのだが、国が法制化する前に定年退職となってしまった。

 現職だったら、この研究をしてみたい。「経営学的にも、教育学的にも、ハイブリット研究」できそうです。データとして、量的にも質的にも調査のしがいがありそうです。■

 

 

32時限目:補講「学校事務職員と健康問題」

 補講です。「健康問題」について書いておきます。

①どんな仕事もどんな職業もそれをするには、心身の健康が一番です。

 自分の健康管理は自分でしないといけません。自分の身体は決して他人にはわからないからです。だから、もし自分の心身にトラブルがあるとしたら、自分のことを他人に話すことが大事です。それが嫌だという人もいるでしょう。でも、どんなトラブルも話さなければ他人にはわからないし、話すことが解決になる近道だと考えます。

②まず、私自身をモデルケースにして事例分析してみます。トラブルなどは一人ひとり違うので参考としてお読みください。

③人間は「からだ」と「こころ」がリンクしていると私は考えています。

 病気を分解して治療法を考える西洋医学的発想ではなく、病気を総合的に考え治療法を考える東洋医学的発想を持ちたいと思います。

 それは、結果的に病気が個人に起因するものには違いありませんが、病気を誘発する要因が職場の環境などにもあるからです。

④学校事務職員になった20代。それはメンタルの弱さを露呈する年代です。

 私が採用された1980年代の学校事務は、先輩のサポートもなく、学校で一人の事務職員という、きわめてメンタル的にも厳しい時代でした。本当に就職3日目でこの仕事を辞めたいと思いました。仕事の仕方が分からないのですから。不安で仕方ありません。職場で仕事の仕方を誰も教えてくれません。校長や教頭でさえ学校事務職員の仕事は何をする仕事なのか理解していません。

 学校事務職員は優秀だと思います。私は書類を作ることはできました。私も含めて学校事務職員に採用された皆さんは書類を作成することができました。優秀だからです。書類の元データがあれば、それらから類推して新しい書類を作成することができます。

 就職当時は学校事務という仕事の全体像が分からず、自分は何をしているのか、という職業アイデンティティが形成されていませんでした。本当に心が不安定でした。

 こころが不安定だと、どうしても気持ちはネガティブです。仕事を辞めたいという、後ろ向きの発想になっていきます。

 ある日、地区の学校事務研究会の研修会がありました。当時その会議で、先輩たちの愚痴などを聞くことが多く、それがこの学校事務という仕事の本質のように思えました。ストレスの多い職業なのか?採用されて3か月を過ぎた頃から転職を考えました。

⑤メンター(相談者)の必要性。実は見つけるのが難しい。

 仕事をしていく上で、メンター(相談者)は必要です。

 どんな仕事にも悩みがあり、一人では解決できないことがあります。学校事務職員は学校に一人配置が多いので、仕事上のトラブル等、時々悩むことが多くなります。同じ職場に相談できる人がいればよいのですが、いません。当時の私のメンターは同じ地区に配属された同期の学校事務職員でした。しかし、今のようにスマホがない時代です。休日に会って、話をする悩みを話すということしかできません。ところがです。同期の彼の方がもっとネガティブ思考で、私の方が相談役になってしまいました。彼の愚痴を聞く役目です。

 「メンターとなるいい先輩を見つける」というのは難しいです。

 当時は学校事務研究会や労働組合の学校事務職員部会に出席しないとそういった先輩を見つけられません。聡明で優しい先輩を見つけるのは難しいと思っていましたが、毎年参加しているうちに、先輩の誰がどういう人か、わかってきました。20代の自分が40代50代の先輩に声をかけることは難しい、と思っていましたが、話しかけると先輩たちは優しく対応してくれました。でも、なかなか先輩に声をかけることはできませんでした。結局、先輩のメンターを見つけることができませんでした。

 2000年代になり、私は中堅の学校事務職員になっていました。後輩からどう思われていたのか知る由もありませんが、私は自分から後輩に声をかけていく先輩になっていました。

 退職後、若い学校事務職員の方が、学校事務研究会にも労働組合にも入らない、というのを聞きました。先輩との出会いを持たないということに、もったいないことだなあと思いました。メンター(相談者)を探すということは、仕事を楽しく有意義に、そして心身の健康のためにも必要な作業だと思います。

 私自身は、メンターになる先輩を見つけることはできませんでしたが、これぞ、と思う先輩には声をかけたり、手紙を出したり、積極的にコミュニケートしました。30才を過ぎてから「学校人類学研究会」というのを勝手に作って、自分の観察した学校の文化人類学的環境を仮説と自己的な推論を書いてプリントしこれぞと思う人たちに配布していきました。私にとって書くことがストレス発散になったのかもしれません。

⑥1980年代~90年代にかけて、私は「自分が仕事をする環境(事務室や職員室)」を考えるようになりました。

 ある山村の単級の小学校に赴任した時のことです。職員室に机があり、そこで仕事をするのですが、机の位置が出入り口の近くなのです。これは学校でよくある配置で、学校事務職員が来客者の対応を真っ先にするという「暗黙の了解」があるからです。全館暖房など無い信州の学校です。職員室に出入りする人がいるたびに、冷気が流れてきます。寒い。このため、風邪をひくことに。あるいは、足の指がしもやけになったりしました。職員室の配置換えを(若かったので提案)できませんでした。

⑦職員室あるいは事務室で仕事をする時、私は「植物が元気に成長できる環境」かどうか?それが、「学校事務職員が過ごしやすい環境」かどうかを指標としていました。

 植物が育つ環境は、温度・湿度・そして太陽光です。私は鉢植えの植物を自分の机の近くに置きました。事務室のある学校でも、事務室の位置が北東の角であったり、北であったりしました。そこでは太陽光も当たらず、暗くて寒い部屋でした。

 私が勤務した学校で具体的に評価をしてみたいと思います。

 

0.学校名  場所  机等の位置   評価(◎、〇、△、×)

1.A中学校 職員室 机は北東の角 〇大きな職員室の奥で明るい

2.B中学校 職員室 机は北西の角 △大きな職員室で出入口の近く寒い

3.C小学校 職員室 机は南東の角 ×職員室自体が北側にあり暗くて寒い

4.D小学校 事務室 机は南西の角 〇狭い事務室で南に窓はあったが暗い

5.E小学校 職員室 机は北東の角 ×狭い職員室で出入口の近く寒い 

6.F小学校 事務室 机は北西の角 ×狭い事務室で北にあり暗い

7.G小学校 職員室 机は北東の角 △大きな職員室で出入口の近く

8.H中学校 事務室 机は南西の角 △狭い事務室で出入口近く

9.I小学校 事務室 机は北東の角 ×狭い事務室で北にあり暗い

10.J中学校 事務室 机は南東の角 ◎狭い事務室だが明るくて快適

11.K小学校 事務室 机は南東の角 〇狭い事務室だが明るい、ただ換気が悪く暑い

12.L中学校 事務室 机は南東の角 ◎狭い事務室だが明るく快適

13.M中学校 職員室 机は北西の角 △広い職員室だが出入口の近く

 

 オフィス環境は、私の学校事務の研究テーマの一つで、教研集会にレポート発表したことが何度かあります。職員室の配置換えなどもいくつかの学校で行ったこともあります。教員は学年を変わるたびに職員室内を移動していきますが、管理職や専科、特に事務職員はほぼ固定です。それは書類が多く、書類の移動が難しいからです。でも、職員室内でも移動は可能です。労力は使いますが。

 話しは変わりますが、こういった職場環境のテーマから、私は子どもたちの教育環境ということで校舎という建築物としての学校、教育条件整備の一つとしてのハード面、という方向に興味関心が移りました。

⑧対人コミュニケーションによるメンタルヘルスについて考えてみます。

 学校事務職員として毎日常に顔を合わせるのは教員です。特に管理職とは連携をとる必要があるので、長い時間付き合うことになります。この場合、管理職の人間性等が大きく学校事務職員に影響します。

 1980年代の昭和には、今でいうパワハラやセクハラの管理職もいて、悩んだ学校事務職員も多かったと思います(調査がされていないので、数値的なエピデンスはありません。私が体験したり聞いたりした内容に基づいています)。私が体験した20代の頃、パワハラの管理職がいて、悩まされました。「こいつ本当に教員か!人格を疑うぞ。」と何回思ったことか。

 30代になって、ある学校でメンタルが不調になり休職に入った学校事務職員がいました。休職の補充職員が見つからず、私は近くの学校に勤務していたので、依頼されてその学校の事務仕事をしに行きました。その学校の管理職がパワハラをしたのかセクハラをしたのかモラハラをしたのか、それは分かりません。休職から復職したその事務職員に話しを聞いたら、「その人が近くに座っているだけで吐きそう」というすごい嫌悪感です。その人と机を並べての職員室での仕事なので、復職後はその人から一番遠い所に机を引っ越して仕事をしていました。

 40代の頃に私が困った職員は、現業職員の方でした。その方は、中途採用の方で前職を何故やめたのかわかりませんが、学校の施設管理員として採用された方でした。前職ではバリバリの営業マンであったらしく、事務室に来ては自慢話をしていきました。学校事務職員をバカにするような雰囲気があり、ちょっと困った存在でした。私の前任者が若い女性事務職員だったためか、事務室に来てはお茶を飲んでいったらしく、事務室はお茶を飲む場所だと勘違いされていました。その勘違いをさせたのは、この学校の管理職たちだったということが後でわかりました。それは、私が着任して驚いたのは、午後3時になると管理職や管理員たちが事務室へきてお茶を飲むという慣習があったことです。「ここは喫茶店ではないぞ」とこころの中で思っていたので、「事務室でのお茶会」の廃止を私が宣言しました。このことが気に食わなかったのでしょう。何かと私に突っかかることがあり、私はうまくよけていた、と思うのですが、心のストレスになっていたのです。この人とこれ以上付き合えないと判断して、教育事務所に人事異動を申し出ました。危険から逃げることは自己防衛上大事です。

⑨オーバーワークから始まる心身の不調について考えてみます。

 県費学校事務職員は基本1校に1名配置がほとんどです。学校規模で、市町村費事務職員が配置されたり、大規模校には県費2名配置というのがあります。

 私にはオーバーワークだったと思われる勤務校が2校ありました。一つは市町村費事務職員が配置されて当然の学校にもかかわらず、配置されていない小学校に勤務していた時です。仕事量は2名分です。それを1名で行います。この時初めて「片頭痛」というものになりました。それまでは頭痛というものになったことがなく、正直びっくりしました。「片頭痛」はそれ以降、退職するまで悩まされました。そして「腰痛」です。整体の先生から「歩きなさい」と言われました。歩けば腰痛は治ると。学校内で、できるだけ歩くことにしました。時間を決めて歩く、校内巡視と称して歩きます。「犬の散歩」「猫の散歩」と私はよびました。

 「片頭痛」「腰痛」は40歳を過ぎていたので、心身が変化していく時期だったためかもしれません。中高年の病気はいろいろありますが、自分もその中高年になっていく過程で、体調に注意していくべきだったと反省しています。そして人間ドックで「緑内障」を発見されたのも45歳を過ぎてからです。

⑩心と体と頭

 心の健康維持は、「ストレスをどのように発散するか」、その方法をたくさん持つことだと思います。JAXAでは宇宙飛行士になる人に、宇宙空間でのストレスを発散するために「100の方法」を書き出させるそうです。それは何でもよくて、音楽から読書、運動、文化活動何でも、具体的に100とおり、書かせるそうです。

 当時の私のストレス発散は、山歩きもありましたが、映画鑑賞が主でした。1年に100本近く鑑賞した年もありました。

 体の健康維持は、運動量の確保です。車通勤やデスクワークで運動量は減っていました。私は50歳から、車通勤から電車通勤に変えました。どんなに遠い学校に赴任してもできる限り電車通勤にして「歩く」を目指しました。しかし、信州の学校は公共交通機関が限定され自家用車でなくては通勤できない学校が多いのが難点です。

 頭の健康維持は、勉強です。仕事をするには新しい情報が多くて、追いつかないくらいですが、社会情勢も含めて自主勉強は必要です。学校事務研究会や労働組合事務職員部会で、新しい情報を学習するという姿勢だけは続ける必要があります。

 大北事務研で役員をしていた頃、「国家資格を取ってみよう」というのを提案したことがあります。もちろん、勤務時間外の自主勉強会です。当時インターネットが普及始め、コンピュータ関係の資格を希望者で勉強して受験しようということになりました。「初級システムアドミニストレータ(情報処理技術者試験・経済産業省)」です。現在は名称が変わっていますが、コンピュータ関係の知識はこれからの学校事務に必要となるだろうということから、受験テキストを購入し、希望者で毎週集まって勉強会を行いました。もちろん、2003年に資格を取得しました。

 勉強は何でもいいのです。興味あること、楽器とか語学とか、人間は発達する可能性が沢山あるのですから。

 心と体と頭はリンクしています。健康問題の解決のきっかけになればうれしいです。■

目次:ブログ「アップデートする学校事務職員」

目次:ブログ「アップデートする学校事務職員」

 

追記1:16時限目に、2019年須高事務研「事務室の情報発信」と2020年県教委新採者研修「事務職員の役割」の2つのスライドをリンクさせました。

追記2:15時限目に、2018年松本大学教育学部「学校教育現場を支える職員ー学校事務職員から見た現場」スライドをリンクさせました。

追記3:27時限目「楽しい仕事を目指して(このブログの構造)」で全体像を示してあります。

追記4:24時限目「学校事務職員Hの仕事」に1981年までさかのぼって発表してきたレポート名を記載しました。

追記5:コメントがあれば自由にご記入ください。

 

1-アップデートする学校事務職員はじめます

1時限目:アップデートする学校事務職員:はじめに - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

2-「学校事務職員」という地方公務員

2時限目:アップデートする学校事務職員:「学校事務職員」という地方公務員 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

3-人材育成の失敗と職種アイデンティティ

3時限目:アップデートする学校事務職員:人材育成の失敗と職種アイデンティティ - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

4-学校事務職員は何故学校にいるのか

4時限目:アップデートする学校事務職員:学校事務職員は何故学校にいるのか - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

5-「ジョハリの窓」と利害関係者

5時限目:アップデートする学校事務職員:「ジョハリの窓」と利害関係者(ステークホルダー) - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

6-「正規分布曲線分析」と一定数の反対派

6時限目:アップデートする学校事務職員:「正規分布曲線分析」と一定数の反対派 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

7-理系学校事務職員の発想

7時限目:アップデートする学校事務職員:理系事務職員の発想 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

8-ジェンダーと学校事務職員

8時限目:アップデートする学校事務職員:ジェンダーと学校事務職員 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

9-教育条件整備はハードウエアだけか?

9時限目:アップデートする学校事務職員:教育条件整備はハードウエアだけか? - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

10ー「未来年表」を作る

10時限目:アップデートする学校事務職員:「未来年表」を作る - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

11ーNeed/Wantマトリクス表

11時限目:アップデートする学校事務職員:Need/Wantマトリクス表 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

12ー「共同学校事務室」という活動

12時限目:アップデートする学校事務職員:「共同学校事務室」という活動 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

13ー学校事務の定性・定量分析

13時限目:アップデートする学校事務職員:学校事務の定性・定量分析 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

14ー「学校事務」と「学校事務職員」

14時限目:アップデートする学校事務職員:「学校事務」と「学校事務職員」 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

15ー大学生へ「学校事務」をプレゼンする

15時限目:アップデートする学校事務職員:大学生へ「学校事務」をプレゼンする - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

16ー新採学校事務職員へプレゼンする

16時限目:アップデートする学校事務職員:新採学校事務職員へプレゼンする - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

17ー現職学校事務職員へプレゼンする

17時限目:アップデートする学校事務職員:現職学校事務職員へプレゼンする - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

18ー自主研究会「学校建築研究会」のこと

18時限目:アップデートする学校事務職員:自主研究会「学校建築研究会」のこと - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

19ー学校組織と共同学校事務室

19時限目:アップデートする学校事務職員:学校組織と共同学校事務室 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

20ージョブ型公務員?と「ゆでガエル問題」

20時限目:アップデートする学校事務職員:ジョブ型公務員?と「ゆでガエル問題」 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

21ー知識創造スパイラル

21時限目:アップデートする学校事務職員:知識創造スパイラル - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

22ー学校事務職員スターウオーズ的サーガ

22時限目:アップデートする学校事務職員:学校事務職員スターウォーズ的サーガ - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

23ー学校事務の知的生産の道具と技術

23時限目:アップデートする学校事務職員:学校事務の知的生産の道具と技術 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

24ー学校事務職員Hの仕事(1997~2016)現職中の発表レポート

24時限目:アップデートする学校事務職員:学校事務職員Hの仕事(1997~2016)現職中の発表レポート - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

25ー2050年の長野県の学校事務「持続可能な学校事務とは何か」

25時限目:アップデートする学校事務職員:2050年の長野県の学校事務「持続可能な学校事務とは何か」 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

26ー2020年アップデートする小中学校事務

26時限目:アップデートする学校事務職員:『2020年アップデートする小中学校事務』 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

27ー楽しい仕事を目指して

27時限目:アップデートする学校事務職員:楽しい仕事を目指して - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

28ー「標準的職務表」について

28時限目:アップデートする学校事務職員:「標準的職務表」について - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

29ー子どもの心と学校事務職員

29時限目:アップデートする学校事務職員:子どもの心と学校事務職員 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

30ー自分の小中学校時代を乗り越える

30時限目:アップデートする学校事務職員:自分の小中学校時代を乗り越える - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

31ーおまけ「学校事務誌に掲載された原稿」

31時限目:おまけ「学校事務誌に掲載された原稿」 - アップデートする学校事務職員 (hateblo.jp)

 

31時限目:おまけ「学校事務誌に掲載された原稿」

「アップデートする学校事務職員」おまけです。

学校事務誌に掲載された原稿をリンクしてありますので、ご興味があればお読みください。これで私のこのブログを終了いたします。本当にありがとうございました。

*全国誌である『学校事務』は、優れた情報誌であり研修にも利用できるものです。私は学校事務職員になってから退職後までこの雑誌を購読していました。自分の居住する地域だけに閉じこもらず、全国の学校事務職員という同業者の動向を知ることができ、広い視野で学校事務という世界を見ることができました。学事出版様、ありがとうございました。感謝です。

 

1)学校事務誌 1985年12月号「特集 学校事務職員とこころの問題」

 『揺れる心とアイデンティティ

  ーいつまで個体発生が系統発生を繰り返すのかー』

『学校事務 1985年12月号』揺れる心とアイデンティティ - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

 

2)学校事務誌 2020年6月号「特別企画」

 『ぼくは「学校事務職員」で「教育行政職員」で、ちょっと「教育職員」

  ー松本大学教育学部での3年間の講義からー』

『学校事務 2020年6月号』ぼくは「学校事務職員」で「教育行政職員」で、ちょっと「教育職員」 - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

 

3)学校事務誌 2021年9月号「特別企画」

 『「持続可能な学校事務」とは何か

  ー2050年の長野県の学校事務職員ー』

『学校事務 2021年9月号』「持続可能な学校事務」とは何か - 2050年の長野県の学校事務 (hatenadiary.com)

30時限目:自分の小中学校時代を乗り越える

①「学校」という場所は、人間の記憶に時間(時代)を刻み付ける。

「学校」という場所に行くだけで、記憶はタイムマシンのように過去をさかのぼることができる。

 自分を例にとると、私は1960年代から70年代に小学校中学校を過ごした。

 日本は高度経済成長で沸き立っていた。ひとクラス45人学級編成で、子どもがわんさかいた時代だ。小学校に入学した1962年は、映画で言えば「三丁目の夕日」のような時代だ。その昭和の記憶は、私には「いい思い出」として記憶に残っている。

②しかし、同じ時代を過ごしたからと言って、みんながみんな、「学校時代にいい思い出」を持っているわけではない。辛い思い出を持っている人たちもいるわけで、同じ時代を生きてきても、人それぞれで、それを忘れてはいけないと自分を戒めている。

 例えば、今も差別やいじめは、社会でも学校でも無くならない。

 当時私が通学していた小学校の学区に「同和地区」があった。教室では子ども同士、そんなことなど気にせず自由に遊び、お互い友達同士でもあった。高学年になって、私はその地域に居住する友達が「そこに住んでいる」ということだけで差別されるということを知った。江戸時代から続く身分制度が明治・大正・昭和と戦後の新憲法のもと、いまだに続いているのだ。

 こういった理不尽な差別があるということを、自分が成人するにつれて、「障碍者である」ということや「女性である」という理由だけで、差別に苦しんでいる人がいることを知ることになる。自分が「健常者」で「男性」であるというだけで、実は社会から優遇されている価値観の世界にいたので気づかなかったのだ。

③学校事務職員として、公立小中学校に勤務するようになり、「教育社会学」を自分なりに勉強した。社会の問題は決して学校教育とは無縁でないことを知った。社会の問題は学校現場で表出していたのだ。

 こういったことを考えるために、「学校事務の力(ポテンシャル)」というベクトルを二つの力に分割してみよう。

 学校事務という「仕事の量」を進める力を「パワー」と呼ぶとする。

 学校事務の「仕事の質」を高める力を「ギア」と呼ぶとする。

 それで「パワー」を横軸にし、「ギア」を縦軸にして考えてみよう。

 学校に就職した当時を「学校事務パワー:レベル0」とすると、経験10年くらいで「学校事務パワー:レベル2」くらいにはなるだろう。これは、「パワーアップ」はしたけれど、仕事の質が変わらなければ、「学校事務ギアはロー」のままである。これは学校事務に対する考え方がひとつも進歩していないことを意味する。若いから力任せの学校事務だ。

 就職して若かった私は、自分の存在意義を見出すために「学校事務の職種アイデンティティの確立を目指そう」となんちゃら言ったり、そのことを学校事務誌に原稿載せたりした。それは「自分のこと」だけに注力していただけだった。この頃の私は、自動車で言えば、ローギアのまま一生懸命アクセルを踏んでいただけなのだ。学校教育のことなど考えてもいなかった。世界が見えていなかったのだ。

④「学校とは何か」を考え始めてから「学校事務ギアはセカンド」に入った。

 これにはきっかけがあった。自分の子どもが入学して間もなく「不登校」になったのだ。まさか自分の子どもが不登校になるとは考えてもいなかった。晴天の霹靂だった。

 不登校になった理由は、入学したばかりの1年生のクラス担任教員の常習的な児童への体罰だった。教室が恐怖政治の場になっていたことが後から分かった。クラスの五分の一の児童が不登校という事態だったのだ。「学校が怖いから行きたくない」と言っていたのに、学校関係者でもある私は、結構無理して泣く子どもを学校へ連れて行った。かわいそうなことをしたと反省している。

 80年代という時代がそうだったのかもしれないが、当時の学校長はその事実を公にはせず、該当校の職員も口をつぐんだままだった。教員同士で批正し合うことは難しい時代だったのだ。たまたま養護教諭が知り合いであったので、実情を知ることになった。

 1980年代当時のマスコミが教育問題で扱った言葉に「校内暴力」と「登校拒否」がある。自分の子どもは言葉どおりの「登校拒否」つまり「登校を拒否した(担任にノーと言った)」のだった。現在使用されている「不登校」とは少し意味が違うのだ。

 翌年私の人事異動でわが子は転校することとなり、そして転校した小学校で楽しく通学するようになった。やがて、その体罰担任は「心身症で休職した」と学校関係者から聞いた。教職員の精神疾患も出てきていたころで、この担任は子どもへの体罰という形で症状を発現させていたのかもしれない。だが、体罰を受けた児童はずーっと心に傷を残すことになる。重い罪だと思う。

⑤2010年代、町場の中学校に勤務していた時、職員会でLGBTの生徒のことが話題にあがった。生物学的には女子だが、心は男子だという。幸いなことにこの中学校では、自転車通学があるため、女子の制服にスカートかパンツ(ズボン)を選択できるようになっていた。女子の三分の一はパンツスタイルだったので、これについては問題とならなかったが、体育の水泳水着や、音楽の合唱の時に女声パートなどその子の配慮をすることになった。LGBTが社会で話題になっていることは知っていたが、身近な問題であることに改めて気づかされた。

 長野県では2000年頃から児童生徒名簿は男女混合で作られている。ことさら性別で分ける必要など何もないのだ。こうして、私は教育問題と社会問題がリンクしていることに気がつき、学校事務と学校教育をリンクして考えるようになった。

⑥話は変わるが、私は現職の時に、2回学校で泣いたことがある。

 1回目は、農村の小学校で勤務していた時だ。遠足などの学校行事のため給食がない時がある。この学校ではその一つに音楽会がある。

「音楽会で給食が無いため弁当持参してください」

 父子家庭の小3の子が仕事で忙しい父親に「明日弁当持参の日」と言えなくて、自分で弁当を作って持って来た、と担任から聞いた時だ。担任が言うには、「お弁当の中身は薄焼き(うすやき)だった」という。父親は朝早く仕事に出かけたので、自分で薄焼きを作ったという。「薄焼き」というのは小麦粉を水で練ってフライパンで焼いて作った薄っぺらいホットケーキのような長野県の郷土食(?)のようなものだ。それではお腹がすくだろうと、担任は自分の弁当を分けたと言っていた。その時私はモーレツに怒りがこみあげてきたのだ、怒りは涙になった。何故私は怒ったのか?

 勤務していた学校は自校給食の学校で、音楽会行事とはいえ午後も授業するなら、給食を出しても良かったのだ。職員会で音楽会当日の日程が協議される中、弁当持参となった。例年どおりだという。給食調理員も出勤しているのに何故給食ができないのか。何故なら、職員合唱で給食調理員も一緒に歌うから給食調理はできないという理由だった。はあ~。

 給食が無くて弁当持参の日に困る家庭は多い。

 保護者がコンビニで弁当を買ってきて「これを子どもに届けてください」と事務室に届けてくることは多い。家庭状況でそれは仕方ないことだし、それもあり、だと思う。給食無しの日の担任は、受けもちのクラスの子どもを想定して、コンビニで自分の分と多めにおにぎりを買ってくることがあるそうだ。その話を職員室で聞いた時、担任は大変だなあ、と思った。(学校給食は食教育というけど私は福祉の領域だと思います)

 話を続ける。自校給食で、給食調理員も出勤している。歌を歌うから給食調理ができない。え~。そんな理由ですか。自分たちの仕事を考えてくださいよ、と思った。給食を作るだけで、どれだけの保護者と子どもたちと教職員が助かることか。(もちろん音楽会の反省に私はこのことを意見した)

⑦2回目は、町場の小学校に勤務していた時だ。

 それは、児童養護施設に行くことになった小6の子が、事務室にお別れの挨拶に来た時に不覚にも涙が出てしまった。

 ことの発端は、保健室で身体測定をしている時に、養護教諭がこの子の体にあざがあるのを発見したのだ。担任が子どもに話を聞くと、「家で男に殴られている」という。この子は母子家庭で、最近母親が男性と同居を始めたという。当然学校はこの事実を知った以上、児童相談所へ通報することとなった。このままだと、同居男性からさらに児童虐待の恐れがある、ということで、この子は児童養護施設へ避難することになった。

 養護施設に避難する日、転校することになったということで、学級のみんなとお別れしてから、職員室に来て校長たちとお別れした。それから事務室にきて私たちに「お世話になりました」と頭を下げたのだ。それから児童相談所の職員と職員玄関から出ていった。その時のその子の何とも言えない淋しい眼差しを見たとき、その子のこれからの人生を思った時に涙が出て仕方なかった。

⑧先ほどの音楽会の場合など、教職員の計画は「できるかぎり、前年度踏襲」が続いていたのだ。そして多くの保護者も、自分たちが過ごした学校生活がスタンダードだと思っていることが多いので、学校が何かを変えようとすると拒否反応を示す。「昔は良かった」式の思い出話は、楽しかった良い思い出しか残っていない。その陰で泣いていた人たちが少なからずいたはずだ。

⑨『聲の形』というアニメ映画がある。

 ろうあ者の主人公が、小学校で同級生からいじめられる話だ。いじめた同級生が今度は中学生になって逆にいじめられる側に立場が逆転する。その時、いじめた同級生は、小学校の時にいじめたろうあ者の主人公の気持ちが理解できる。そして何とかして、そのろうあ者の子に謝罪したいと思うようになる。

 しかし、いじめられたろうあ者の子はこの同級生に小学校時代によい思い出は無い。辛く苦しい思い出だけだ。いじめた同級生が謝罪で近づいてきても、恐怖しかない。

 このアニメ映画は主人公たちがどうやって小中学校時代を乗り越えていくかをみせてくれる。いい映画だ。

⑩人間関係の中で「いじめる」という行為は、時に犯罪的である。人の命を奪うことさえあるからだ。その「いじめ」を傍観していた者も同罪となる。でも、多くの人は見て見ぬふりをする。自分には関係ないと。

⑪私の小学校中学校時代にも教室で「いじめ」があった。私にはそれを止めさせる勇気がなかった。自己保身で自分には関係ない振りをしていた。しかし、私は学校の事務職員となって強くなった。社会人として私は勇気を持つことができた。言うべきことは言う。退職した今も、その勇気を持っている。

⑫「学校事務の仕事量を上げるパワー」は経験を積めば強化することはできる。

「学校事務の質を上げるギア」を上げるには自分の思考にアップデートが必要なのだ。そのチャンスがあるならやってみよう。

 「学校事務と学校教育をどうやってリンクさせることができるか」を考え、それが実行ができれば、自分をアップデートする(学校事務に対する考え方を書き換える)ことができるのだと思う。

 

⑬これで、この「アップデートする学校事務職員」ブログは終了します。

 ありがとうございました。🔳

29時限目:子どもの心と学校事務職員

①当初このブログを20時限目程度で終了する予定でいたのですが、わずかながら読んでくれている方がいると知って、少しづつ終了が伸びています。自分でも意外とびっくりです。それで29時限目まで来てしまいました。ありがとうございます。

②このブログを読んでくださる皆さんの関心どころをみると、「学校事務職員が何故学校にいるのか?」というテーマへのアクセスが多く、このテーマが読者の方たちに響いているということがわかりました。このテーマは永遠のテーマなんだなあ、と今更ながら再認識しています。みんな、「存在論」に関心を示すとはすごいです。

 どんな学校事務の理論や理屈をつけても、「この仕事」をしている「学校事務職員」は、生身の人間です。仕事は理論や理屈通りに進まないものです。でもやっぱり「それなりの理屈」は必要だと理屈っぽい私は考えています。

 「何のためにこの仕事をしているのか」は大事なことだけど、発想を少し変えてみましょう。「誰とこの仕事をしているか」という発想です。意外とこのことは大事なことです。楽しく仕事をしたい。楽しい仕事が誰れかのためになっている。そのベクトルの力と方向が、何のために、という目的につながっていくのが理想だ、と思うのですがどうでしょうか。

③誰と仕事をしているか。これは楽しく仕事をするための大事な要因です。

 例えば、自己中な管理職と仕事、という場合があります。こういった管理職にあたった時には、ほんと、メンタルやられます。もう仕事が楽しくない。昔、こういった管理職と仕事したことがあります。ほんとに片頭痛がひどかったです。ストレスがあると、身体に正直に不調が出てきます。心身一体ですね。長野県の学校の人事異動が在校3年から4年というのは福音です。こちらが先に異動でこの学校を出て行くか、相手が先に出て行くか。この私の場合は、相手が先に異動で出て行ったので良かったです。でも2年間も一緒だった。きっと3年も一緒だったら離職したかもしれないです。

 長野県の小中学校で事務室がない学校は、職員室の正面で校長・教頭・事務職員と机を並べることが多いです。たまに事務職員の机がこの列から外れる学校があって、事務職員の位置に教務主任の机が並ぶこともある。でも事務職員の机は管理職の机の近くのことが多いです。

 私の知っている事務職員の方は、管理職とそりが合わず、メンタルをやられて休職し、復帰してから、管理職の机から一番遠い所に自分の机を持っていきました。そばにいるだけで蕁麻疹が出ると言っていました。本人は翌年、転任を申し出て他校へ異動しました。

④楽しく仕事をしたい、と願う学校事務職員の心の内を覗いてみると、毎日が面白くない、で埋まっています。「何のために」という目的がはっきりしていると、少しは心の平安がもたらされることがあります。そして、「楽しく仕事をする方法」が見つかるかもしれません。

 私が学校事務という仕事の目的に「憲法26条の教育」を何度かブログで持ち出したのは、この学校事務という仕事の「北極星」のような存在だと思うからです。仕事の目的があれば、少しくらい変な教職員がいても、仕事を頑張れると思うからです。

 私が学校事務職員となって経験8年目くらいの20代後半の頃、戦後の学校事務草創期から仕事をしている大先輩から「ボーイスカウトのマグカップ」をプレゼントしていただきました。それは、この大先輩がボランティアで長野県ボーイスカウト協会の事務局をしていたからです。「長野県ボーイスカウト協会創立40周年」の松代焼の記念マグカップ

「このカップに絵が描いてあるだろ」「はい」「矢印の絵だ」「どういう意味なんですか」「この矢印は、常に北極星を指している。道に迷ったら、北極星を探すんだ。」

「なるほど。ボーイスカウトは良くキャンプしていますよね」「ボーイスカウトのモットーは、備えよ常に、だ。」「意味が深いですねえ」

 大先輩は、1945年の終戦時「満蒙開拓義勇兵」として12歳の時に満州中国東北部)にいて、生死を彷徨って生き抜いて帰国してきた人だ。長野県は全国で一番多く満州移民を送り出した県で、多くの子どもたちが満州で生きて帰れず亡くなっている。

「国策とはいっても、満州移民が大変なことを大人は分かっていたと思うが、子どもは当時の軍国主義教育のまま信じていた。おれも信じていた。信じ込まされていた。だから子どもにとって教育というのは大事なんだ」と大先輩は語っていた。大先輩は、子どもの教育、という北極星を目印に仕事をしてこられたのだった。

 話が何だかそれてしまったが、心安らかに仕事をするにはそれぞれ北極星になるものが必要だということでしょうか。私は憲法26条が日本中の学校事務職員の北極星になるのではないかと思っています。押しつけがましくてごめんなさい。

⑤学校事務という仕事についた初めての中学校で、特別支援学級の生徒から「友達になってほしいという目線」を送られたことがあります。遠くからジーっと見られているのです。当時の私は、「この目線はどういう意味なんだろうか」「私はどうすればよいのだろうか」と戸惑った。大学で教育心理学も児童心理学も教育に関係する勉強をしていなかったので、若かったこともあり、子どもたちのことがよく理解できませんでした。

 その時に思ったのは、学校に勤務するということは、やはり基礎知識としてそういった子どもの心のことが分かるような概論でもよいので「教育に関係する勉強」をする必要があるのだろうということでした。事務職員は、子どもに直接教育する教員という職種ではないけれど、教育現場にいる以上、学校事務職員に必須だと思ったのです。

⑥じゃーん。勉強しました。教育心理学関係の本を購入して読んでみました。とは言っても、読んだからと言って子どもの心が理解できるわけではありません。が、参考にはなりました。思春期の中学生は難しい。

 そして私は、子どもよりも職員室の教員の行動や心理の方に興味が行ってしまいました。教員は事務職員のことをどう思っているのか。管理職は事務職員をどう考えているのか。それから「学校」というものを深堀してしまい、公教育現場と学校事務職員の関係について悩むことになってしまいました。

 新人学校事務職員に必須の勉強は法令の他に、「教育とは何か」「学校とは何か」ということで、その知識を得る学問は「教育社会学」じゃないかと。それで「教育社会学」関係の本は何冊も読みました。学校とはどういう所なのか、そしてこの日本社会は教育をどうしようとしているのか、どうなっているのか、を知るために。

一読をお勧めする本はこれです。「有斐閣『教育格差の社会学』2014年」

今の教育社会学の課題が分析されています。

 脱線してしまいましたが、仕事柄、学校の子どもたち、特に支援学級にいる子どもたちやメンタル的に参っている子どもたちと友だちになることが多くなりました。これは、私が何か意図的に子どもに働きかけたわけではなく、私という人間を解放するために、「事務室壁新聞」という情報発信を行っていたからです。これによって、学校中の子どもたちが私に興味を持ってくれての結果です。

 それから、私は学校のどこかに花を育てることにしました。きっかけは、「1995年の阪神淡路大震災」で亡くなった神戸の小学生が育てていたヒマワリの種をもらったからです。学校の片隅に、ヒマワリの種を埋めました。ヒマワリは咲いて、種を取って次の異動した学校でヒマワリの種を埋めてと繰り返しました。退職後に、新潟県の小学生が育てていたアサガオの種をもらいました。この小学生は小児白血病で亡くなってしまい、その子が育てたアサガオから種をとって全国に種がばらまかれたとのことです。その種から子ども、孫と種が増えて、私は諏訪のある小学校1年生の児童たちが育てて採取したアサガオの種をいただきました。毎年アサガオを育てています。

 誰と仕事をしているか。見方によっては子どもたちと仕事をしていると言えます。

以下、「臨床学校事務:子どもと学校事務職員のゆるーい関係」の事例です。

 

⑦「事例1」自閉症の小5。山間部の小規模校。授業中に教室を抜け出して、職員室にやってくる。職員室には、私と教頭の二人。保健室に養護教諭がいるのにそこにはいかないで、職員室にやってくる。「仕事してるから、後で遊ぼうね」と言っても、そんなの関係ねえ、という感じだ。学校体育館を社会体育で貸し出ししている関係で、村内の有線放送機器(有線電話)が設置してあり、その電話を利用して職員室に電話してくる。「リーンリーン」「はい、◎◎小学校です」と私が出ると「もしもし、わたしです」と小5のあの子。「有線電話で遊んじゃいけないよ」というと「はいわかりました」と有線電話をきる。しばらくしてから、また有線電話がかかってくる。何度も何度も。「教頭先生、何とかしてくださいよ」「うーん、体育館に行ってくるか」その子は教頭と体育館で鬼ごっこして遊んで満足したようだ。

 これは、ある1日の話ではない。毎日毎日の連日の話である。今でこそ、自閉症児の理解が進み、さまざまな対応策で学習権の確保を行っているが、1990年代、山間部の小規模学校で特別支援学級も無く、普通学級の担任はこの一人の自閉症児に振り回されていた。担任の先生もほとほと疲れていたと思います。頭が下がります。

 私もこの子の遊び相手になってやりたいが、正直そんな時間はない。自閉症児の興味関心や特性を伸ばしてあげれば、成長するんだろうなあ、と思ったがこの環境の中では無理な話だ。職員会でも何度か話題になるが、担任の努力に期待するしかないという状況だ。その子と卒業後に一度郵便局で出会った。10年近く経っていたのに私の顔を覚えていてくれて声をかけてくれた。「◎◎先生」「はーい、U君だね。ひさしぶり」

⑧「事例2」不登校気味の中2。中規模の学校。私が事務室壁新聞というのを事務室前の掲示板に毎月張り出していた。当時流行っていた「動物占い」。子どもたちには人気だった。教室に入れない生徒たちが何人かいて、その子たちは別室の空き教室で自主勉強していた。学校へ登校すれば出席になるが、教室で授業を受けていないので学力はさっぱりだ。ある日、空き教室でその子の面倒を見ていた非常勤の元教員の年配の先生が事務室にやってきて、「◎◎さんが、事務室で勉強してもいいか?と聞いてきたんだけど、どうですか?」「ええええっ!」びっくりだ。その子は事務室壁新聞を読んで、私の動物を教えてくださいと、事務室に来たことはある。「うーん。事務机はあるからそこで勉強することはできるけれど、事務室はいろいろな人が出入りするし、勉強できないと思うけどな」「お試しでいいから、1日だけ願いをかなえてやって」「わかりました」

 きっと、その子は、閉塞感に押しつぶされそうで、自分の環境を変えようと思ったんだと思う。何かにもがいてもがいて、学校に行きたいけど教室にはいくことができないし、このまま空き教室で、自習のような勉強しても気持ちがふさがってしまうんだろう。自分の気持ちを乗り越えるには自分で何かを見つけるしかない。自分の心を解放するのは自分だ。心の解放のお手伝いができるかもしれない。

 この学校の事務室は、県費事務職員の私と市費事務職員の方の2人で仕事をしている。相方にも了承を得て、一日だけその子は事務室で自習していった。チャイムに合わせて自習していた。私たちのお茶時間にお茶を出してあげた。彼女はいろいろな話をした。そして、私は最後に「事務室は自習するには不向きな場所だから」と告げた。

 事務室で不登校の子を預かっているという事例を良く聞いたが、事務職員になんとかしてあげたい、という気持ち(私もあるが)があるのは大事だし間違ってはいないと思う。だけれども、事務室は短時間の緊急避難場所的にはOKだけど、恒常的にはやはり不可だと思う。この子にとっていい場所を探すのが学校職員全員の務めだと思った。この子は、学校外の不登校生たちが集まる○○の家という所へ行くようになった。

⑨「事例3」脳性マヒで肢体不自由な中2。松葉づえを使って行動。街場の中規模学校。3階建て普通教室校舎で中1の時は1階で、2年生は2階、3年生は3階となる。この子が中2になる時に、階段に身障者用の手すりを設置。事務室壁新聞を学校図書館に飾ってもらうことにしたら、それを読んだこの子が放課後事務室にやってきた。アニメのことなどいろいろ話していった。それから、毎日放課後、下校まで事務室に来るようになった。親が送迎のために車で生徒昇降口ではなく職員玄関側に駐車するので、この子は職員玄関の位置にある事務室前を通過して下校するようになったからだ。学級担任は「事務の先生の仕事のじゃまをするなよ」と注意して、私とこの子の関係を見守ってくれた。この子は自分の将来を次のように話してくれた。「足が動かないじゃん。だから動き回るいろんな仕事はむりじゃん。高校卒業したらコンピュータの専門学校に行きたいんだ。だから今、パソコンでいろいろ勉強してるんだ」「ほー、すごいじゃん。コンピュータでいろいろ儲かったら、お母さんも喜ぶな」「映画とかやってみたいから、動画をユーチューブにあげてるんだ」「変な動画上げたら、警察に捕まっちゃうよ」「変なのあげないよ。まじめなやつ」「じゃあ今度上げたら、教えて。観るから」

自分が置かれている位置や立場や状況を、それなりにわかっている。自分が身障者としてこれから生きていくことも受け入れて、それなりに将来を見ている。学校事務職員の私には、階段に手すり設置の予算要求くらいしかできない。

⑩「事例4」教室で元気な中3。目立ちたがり屋。山間地の小規模校。学校図書館に事務室壁新聞を掲示していた。そこに映画情報を載せていた。もちろん中学生が観てもいい映画だけを選んでいた。「先生、夏休みに観るいい映画教えて」と事務室にやってきた。この子は不思議系が好きだった。SF映画をお勧めした。ある日事務室にやってきて「先生知ってる~。1階の階段踊り場に女の子がいるんだよ。私、見たんだ」「ほんとかあ」「ほんとだってば」「それじゃあ、見に行ってみるか」

 私は自称、科学的思考ができる、と思っている。説明可能なもの以外は信じないが、こういった類の話が好きなのは事実だ。第六感というものがあるのなら信じたい。私の母方のご先祖様に祈祷師がいたという。ひょっとしたら、そういった類のDNAがあるのかもしれない。子どものころから、くじ引きやじゃんけんは当たることが多い。運がいいだけかもしれない。

 その子と、1階階段踊り場へ行ってみた。確かにぞくぞくするような場所だ。人があまり通らない場所ではある。いわゆる気が流れていない場所だ。つまり、太陽光が当たらず暗くて、空気の流れが澱んでいる。その子は成長期の思春期の女子特有の感覚過敏が誰よりも一段と強く感じるのだろう。

「霊感事務職員としてみると、確かにこの場所は気が流れていないように思う」と冗談ぽく言った。「そうでしょう。ここに誰かいるような気がするんだけど、先生感じない?」「もし、何かがいるとしたら、助けを求めている、かもしれないね」「なんか、こわ~い」「この階段は通らない方がいいよ。助けを求められても助けることはできないんだから」

 見えない誰かが助けを求めている、というメタファーは、おそらく自分のことなのだ。その子の家庭環境やクラスの人間関係、高校受験のプレッシャーなど、様々な要因が絡まり合って、自分を助けてほしいという声なのかもしれない。相談を受けた教職員はどの子にもアドバイスを送る。話すと心が晴れるという子もいるからだ。事務職員としてできるのは、事務室にやってくる子の話を聞いてあげるだけで十分だと思う。深入りしないことが大事で、こういう子が来てこんな話をしたと担任と情報共有するのが教職員の一人としての義務かもしれない。

 事務職員としてできるなら、気が滞るような校舎はぶっ壊して、気が流れる明るい校舎を建てたい。誰だ、こんな使いにくい校舎設計した奴は。■

 

28時限目:「標準的職務表」について

①ブログの投稿を終了して、しばらくしてこんなメールがやってきました。

「県の事務研究会研修会で、カリキュラムマネジメントの講演会があった。そして地区の事務研究会では標準的職務表の話があった。長野県教委が2020年に『学校事務職員の標準的職務表(改訂)』を出したからだ。学校事務職員だからああしろこうしろとうるさい。毎日の通常業務の仕事だけでも大変なのに、学校事務職員も専門性生かしてがんばって働いてね、という、私からすると労働強化だ。」こんな内容だった。(要約しています)

②2020年に文部科学省が『事務職員の標準的な職務の明確化に係る学校管理規則参考例等の送付について(通知)』という文書で、学校事務職員の仕事の範囲を例示した。

 これは、「学校における働き方改革」のひとつとして、教員と事務職員の仕事の明確化を図ろうとする動きの一環で、例えば教員が行っている会計業務は事務職員が行う仕事であるとする根拠になる文書です。参考例と書いてありますが、会計業務などが教員の多忙化の一つとして挙げてあるものです。

③元学校事務職員の一人して思ったのは、文科省が教員と事務職員の職務内容を明確化していくならば、仕事量の測定を行い、それが処理できる人員配置を予算化するべきだろうということです。少なくとも、教員からそういった会計事務処理をさせないというならそれでもいい。学校事務職員にそれをさせたいならそれでもいい。ただ、それを処理する事務職員を増やせ、ということにつきる。1人配置の小中学校にも、高校並みの3~5人の事務職員配置をすれば、会計業務だけでなくテストの記録作成などの教務事務まで手を広げることができます。文科省は教員も40人学級で生徒指導など大変なんだから、欧米並みに20人学級までに引き下げてあげれば、業務オーバーも少しは解決する話しだ。教育は人の配置です。

④人の配置なくして「働き方改革」はあり得ない。というのが、みんなが思っていることだと私は信じていますが、そうはいかないのが、いかのふんどし、ですね。みんな知恵出して「働き方改革」しています。私も現職の時に長時間労働でした。なかなか改革できなかった。仕事に対する責任感や使命感でしょうか?

⑤それで、私がいただいたメールの話しですが、

文科省が通知を出した2020年に長野県教委は、以前出した『標準的職務表(2004年版)』の改訂を行い、文科省の通知に合わせたような『標準的職務表(2020年改訂版)』を出しました。こちらは、事務職員の専門性を強調して、カリキュラムマネジメントや情報管理など学校長をサポートすることを第一表としており、第二表で各職名(経験年数)に応じた実務的な職務となっています。

学校教育法で「事務職員は事務をつかさどる」と改正されたことも含めての改訂版ということなのでしょう。それはそれで学校事務職員の価値を高めようという意思は理解できます。

 私にメールをくれた方は、採用されたばかりの事務職員に第一表のような学校長のサポート業務は経験もなく無理だろうし、「事務をつかさどる」には荷が重いだろう、ということも書いてありました。

学校教育法で「教諭は教育をつかさどる」とあり、新人教員も新人事務職員も同じじゃないかという意見もありましたが、新人教員へのサポートと新人事務職員のサポートは雲泥の差です。というか、事務職員にはちゃんとした計画的なサポートがない、というのが実態です。とりあえず、大規模学校の県費複数配置校に配置して先輩事務職員からOJTを1年間受けて、それから1人校で独り立ちしましょう。ということです。

⑥だからサポートセンター機能的な「共同学校事務室」?というのもありだけど、ちょっと違うかなあと思います。まあ、そういう側面がないこともないけれど、職務に必要な研修は、ちゃんと任命権者(県教委)や服務監督権者(地教委)の責任で行ってほしいです。

⑦学校事務職員が、1-学校現場で、2-子どもたちと保護者の教育を支援する、という基本形を崩さないようにしたいですね。そして学校事務というめんどくさい仕事を楽しむ気持ちを無くさないようにしたいです。

⑧「仕事を楽しむ」ということはどういうことでしょうか。

 現職中のある学校での話です。校舎改築が行われた学校に赴任しました。その学校は大規模校となってしまい、職員室で仕事をしていた学校事務職員にとって、教員数も増えてとても窮屈な職員室になってしまいました。前任者が勤務していた時に学校全面改築の話が持ち上がりましたが、財政難で校舎大規模改修という形になってしまいました。前任者はこの機会に是非事務室を作ってほしいと要望し、事務室が作られました。私はその大規模改修後に人事異動で赴任したのです。事務室は管理棟1階の真ん中の部屋でした。管理棟は東西に長く、西側が校庭で改修前は児童昇降口と学校玄関となっていました。そして東側に職員用裏口があったのですが、大規模改修後そこが学校の玄関になってしまい、西側は児童昇降口のみになりました。職員室は西側の児童昇降口を見るようになっており、事務職員もその玄関口に対応するようにデスクが並んでいました。大規模改修で東側の学校玄関をどう管理するのか。で管理棟の真ん中の部屋を改造して事務室にしたのです。文にするとイメージがわきませんね。来客や宅急便などは東側の学校玄関から入ってきます。自由に入ってきていただいて構わないのですが、大阪の池田小学校事件があってから、玄関は施錠するよう市教委から通知されているのです。つまり、ピンポーン、とインターホンが鳴ります。どちら様ですか?◎◎です。はーい玄関を開けに行きまーす。事務室から東側の玄関まで15m?はあります。これを毎日20人は来られるので、事務室と玄関を往復するわけです。この学校に赴任して、なんだこれは、と思いました。仕事が進まない。でも仕方ない。ちょっとネガティブな感情になりました。でもね。発想を変えたんです。「これは健康づくりの運動だ」

1回15mの往復で30m。平均20回なので、600m。大したことはない。ポジティブに考えることにしました。そうすると、来客が楽しいのです。これって「楽しい学校事務」ではないか?■